おくりびとを見て

2009年02月25日 23:50

おくりびとを見に行きました。
知りたいと思うことがあったからです。

仕事について、考えたりドタバタねーさんと話をします。職業に貴賎はないと言うけれど、やはり敬遠される仕事はあると思います。きれいで楽して収入も良ければいいのでしょうが、人が嫌がるような仕事、厳しいと思うような仕事をしてくれる人がいるから、私たちの生活が成り立っています。
おくりびとを既に観ていたドタバタねーさんが、納棺師となった主人公が最初はハードだったけれど、だんだんと仕事に慣れていくことを話してくれました。どのようにして慣れていくのだろう・・・それが知りたいと思ったことです。


慣れるんですね、仕事。人は強いと思いました。
見終わったあとは、自分が今からどんなふうに生きていこうかと考えていました。
私は本当に小さく産まれて、すぐに九大に移り40日程、保育器に入っていたそうです。祖母は今日は死んでいるかもと思いながら、8月の一番暑い盛りに、毎日病院に通ってくれました。初めてミルクを飲んだ時、あまりに少しの量で、まだ飲みたそうにしている私に飲ませてあげればいいのにと思ったこと・・・その当時のいろいろなことを私に話してくれました。子どもの頃には、何度となく聞かされる話に多少うんざりしていました。そんな私も母親になったときに、祖母がどんな気持ちで毎日病院に行ったのだろうかと思うと、祖母が亡くなる前にもっともっとありがとうと言えば良かったと後悔しました。亡くなった時、手を握り祖母には何度も何度も口にしてありがとうと言ったけれど、もう通じることはないのです。その時の気持ちを思い出し、感謝するときにはありがとう、自分にとって大切で好きだと思う人には好きだと言おうと思いました。伝えられなくなる日は突然やってくるかもしれないから・・

人が死んでしまうことが、悲しくて辛いことだと言ったとき、死は生の延長線上にあるとあるひとが私に言いました。子どもの頃、死というものはとても怖く、どこか違う所に行ってしまうと思っていました。
でも、死は生の延長線上にあると言われた時、大人になった自分はすんなり受け入れることができ、死はそれほど怖いものではなくなりました。怖くはないけれど、わが子のことをきっと心配しながら逝くのだろうと思います。少しでも心配が減るようにしたいけれど・・・

私がいた保育器のある部屋には、障がいのある赤ちゃんもいたそうです。祖母は「あの子達はどうしているやろうか、生きているのやろうか」とも言っていました。私は生まれてすぐ、障がいのある赤ちゃんと一緒にいたんだなと思うと、私と障がいのある人との関わりはここから始まってるのかもと思ったり、その時の赤ちゃんがどうしているのか私にはわかりませんが、その子たちの分まで、部屋代表として元気でいなくちゃと思ってしまいます。

納棺師の所作は、茶道のお手前を見ているようでもあり、とても美しくさらさらと流れていく水を連想しました。おくりびと 見て良かったと思いました。

                                     by/snowy



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